一期一会
2016年の夏季スクーリングが終わった。
2回めの夏季スクだったので、初めての頃より気持ちがはしゃぐことがなく、進んだ。
やはりね、日々が濃すぎて1回目は興奮しっぱなしになります。
そしてきっと、1回目より、2回目、3回目と貴重な経験(思考、行動)ができるのでしょう。
今回は、全体のスケジュールを考えて、前もってでないイベント、やらないことを考えて、自分に集中できるようにしたつもり、、、でしたが、最後にはご飯を食べる時間もないくらい忙しくなってしまった。(笑)
やることを止めたこと。
2)1期と2期の間の半日休みは外の友人と会う約束しない
(予習が間に合ってなかったから。爆)
3)毎日ご飯の買い物をせずに、なるべくためて買う(買い物に時間をかけない)
4)夜はきつくなったら、無理せず早寝する
(結局殆どしなかったけどw)
やはり予習はしっかりやっていかないと、時間を無駄にしてしまう。やり過ぎるということは全くない。図書館の勉強はなかなかいい。3階のパソコンフロアが暗い感じで逆に集中できる。
中日では、光友会で創立者の記念講演の鑑賞会があり、佐瀬先生の講演があり、最初にピアノの演奏もありでとても有意義だった。創立者の記念講演の動画は中々見ることができない貴重なものを出してくれるので、今回も楽しみにしていた。
創立者の話にも、 佐瀬先生の講演にも、感動して泣いた。
別件で色々と悩んでいて、泣いたりもした。
友達も、日本中に、海外にも、たくさん出来た。前回のスクーリングで一緒に頑張った仲間にも会えて嬉しかった。
大切なものと感じたこと。
1,仲間
経営学入門の講義でもあったが、仲間がいっぱいいるってとても大切だなと改めて感じる。
一緒に何かをやり遂げることで、1人で頑張った時よりずっと体感と想い出が濃くなる。
2.環境
素晴らしい教授陣がいて、
食事も配慮してくれて、
施設の整備が行き届いていて、
とっても集中できる図書館があって、
五感を刺激してくれる美術館が直ぐ側にあって、
全部ひっくるめて、応援してくれる、一緒に前を向いて戦える仲間がいる
そういう環境にいれたら、自分のやりたいことって、自ずと見えてくるのだろうな。
私がもし、高校を卒業してこの大学に入っていたら、進んだ道は変わったのかもしれないなーと感じた。
それは、現在の自分を憂うだとか、悲観的という意味ではなく、それだけ「自分を取り巻く環境」というものが大事なんだと初めて感じることができた。
それがなくても、自分の信念が強ければ、その磁場を自分で創りあげることができるかもしれないが、多くの人は中々それができないだろう。
私は、できなくてずっと迷ってばかりいる。
でも、今回のスクーリングで、自分の進む道を少し整備できた気がする。
たった10日間なのに、考え方が変わった。
3.コツコツ努力。諦めない
少しでもいいから、進める。諦めない。自分に負けない。
いっぱいやることがあって迷ったら、どれか一つだけやってみる。
「努力」の意味を初めてハラオチできた。
「習慣になればいいんだ」ってよく言うけど、考えないでやってることが、習慣になってたら、逆に「どうやって努力したらいいのか」が分からなくなっていた。
今までの自分の人生で努力してきたことって沢山あると思うんだけど、諦めてきたことの方が多かったのかもしれない。うまく言えないんだけど・・
10年以上やってた音楽はやめてしまった。だけどそれが努力とかいうと、もう小さい頃からやってたから習慣になってしまっていた。
努力が習慣になることはいいことだと思うけれど、新しく何かを始めた時になぜか続かない自分がいた。
これについては、環境と自分の考え方の関係性があり、脱線してしまうので書かないけれど。
4.一期一会
今回、一番感じたのは、ここかな。
1回めのスクーリングで、私のことを大好きになってくれた変わり者のおじちゃんがいた。
「スクーリングで100人以上の人と話をする!」と決めて色んな人に話しかけて、
おじちゃんが持っていた初代iPhoneのカメラで記念写真を撮ったら、画素数が低すぎて全部顔がぼやけていた。
おじちゃんは、「学光祭に参加したら、バスが混んで電車に間に合わないかもしれないから、参加しないで帰るわ!」と言い出して、またみんなでボケたiPhoneで記念写真を撮ってさっさと帰った。
しかしながら、学光祭が始まり、期間中の写真が映しださせれると、数枚目におじちゃんの顔がスクリーンいっぱいに映しだされた。
これには参加者もびっくりして、知ってる人は終了後に電話を掛けたもんだから電話が鳴り止まなくて大変だったらしい。
完全に参加しましたよね・・、と思って私は爆笑していた。
人がいいのに、自分の興味のない人には全く冷淡で、喧嘩もふっかけるから、なだめたり、謝ったりした。
そのくせ、オッチョコチョイで、小銭をバラバラ落としたり、なぜかコーヒーの蓋の間からコーヒーをこぼして慌てたりした。
終わった後は、ぼやけた写真を大量にプリントアウトし、なぜか自分が住んでいる地域の写真を沢山同封して、一緒に撮った人みんなに送りつけたらしい。
それを見たみんなから「初代iPhoneをカメラ代わりにするのはもうやめて、新しいカメラを買った方がいいと思う」という有難い助言が殺到したとか。
写真を送り過ぎて、めっちゃお金がかかって奥さんに怒られた、と言っていた。
世の中には、同じ日本人でも違う人種みたいな人がほんとにいるんだなーと考えていた。
そんなこんなである意味、ディープな一回目を過ごした私ですが、そのおじちゃんはその頃の私のことを照らして(励まして)くれたのだと解釈している。
とても仲良くなったが、その人はその後体調が悪くなってあまり連絡が取れなくなった。
連絡を取ると逆に気を使わせてしまうのだ。
それで、いつも健康をご祈念していた。
今年になってから、一度もメールの返事がこなくて、今回のスクーリングが決まってからは結構頻繁にメールしたけど、返信来ず。
思い切って電話してみたらなんと電源切れてた。
もう不吉な予感しかしなかった。
気になりすぎて、ロワール(食堂)に行った時は、おじちゃんが勧めてくれた食堂で一番安いカレー(300円)を食べてばかりいた。(食費も浮いた)
おじちゃんが来れない分、一緒に参加したつもりで、気持ちで毎日を過ごしていた。
学光祭も、偶然に舞台側に出ることになったが、その時も代わりに出たつもりでいた。
結局一切連絡が来ないので、少し経ったらその人の地域に訪ねて行こうかな・・位に真面目に考えていた。
スクーリングが終わって帰ってきた週末、私が家でご祈念していたら、静かにメールが入った。
そのおじちゃんだった。
なんだ!生きてたのかよ!!このやろう!!
と思って、安心してわんわん1人で泣いてしまった。
ムカついたのでメールの返信はしていないが、生きているようなのでスクーリング中の写真を送りつけようと思う。
その翌日には、偶然、通教でお世話になった先生が退職されていたことを知った。
ご病気されていたことだとかも全く知らなくて、お見かけしないから変だなとは少し考えていたけれど。
まさか、そんなことになっていようとは全く考えていなかった。
それで、また泣いてしまった。
今回のスクーリングで出会った仲間だって、次に会えるか分からない。
本当はお話したみんなの連絡先を知りたいくらいだったけど、会えればいいのか、とは思っていない。離れていても、獅子同士、自分の華を咲かせられる、地域に貢献できる自分たちであれれば、一瞬しか会えなくても仲間なのだ。
自分の師匠がそうであるように。
だから、一瞬の出会いも疎かにしてはいけないのだな、大切なんだな、と心の底から感じた。
そして今回偶然にも仲良くなって、交流出来ているメンバーも大事にしなければいけないとも。
なんだかこのスクーリングの間、泣くことが多くて体力を消耗した。
その分、沢山深い想い出ができた。
深い想い出分、努力を重ねていきたい。
2回めの夏季スクだったので、初めての頃より気持ちがはしゃぐことがなく、進んだ。
やはりね、日々が濃すぎて1回目は興奮しっぱなしになります。
そしてきっと、1回目より、2回目、3回目と貴重な経験(思考、行動)ができるのでしょう。
今回は、全体のスケジュールを考えて、前もってでないイベント、やらないことを考えて、自分に集中できるようにしたつもり、、、でしたが、最後にはご飯を食べる時間もないくらい忙しくなってしまった。(笑)
やることを止めたこと。
2)1期と2期の間の半日休みは外の友人と会う約束しない
(予習が間に合ってなかったから。爆)
3)毎日ご飯の買い物をせずに、なるべくためて買う(買い物に時間をかけない)
4)夜はきつくなったら、無理せず早寝する
(結局殆どしなかったけどw)
やはり予習はしっかりやっていかないと、時間を無駄にしてしまう。やり過ぎるということは全くない。図書館の勉強はなかなかいい。3階のパソコンフロアが暗い感じで逆に集中できる。
中日では、光友会で創立者の記念講演の鑑賞会があり、佐瀬先生の講演があり、最初にピアノの演奏もありでとても有意義だった。創立者の記念講演の動画は中々見ることができない貴重なものを出してくれるので、今回も楽しみにしていた。
創立者の話にも、 佐瀬先生の講演にも、感動して泣いた。
別件で色々と悩んでいて、泣いたりもした。
友達も、日本中に、海外にも、たくさん出来た。前回のスクーリングで一緒に頑張った仲間にも会えて嬉しかった。
大切なものと感じたこと。
1,仲間
経営学入門の講義でもあったが、仲間がいっぱいいるってとても大切だなと改めて感じる。
一緒に何かをやり遂げることで、1人で頑張った時よりずっと体感と想い出が濃くなる。
2.環境
素晴らしい教授陣がいて、
食事も配慮してくれて、
施設の整備が行き届いていて、
とっても集中できる図書館があって、
五感を刺激してくれる美術館が直ぐ側にあって、
全部ひっくるめて、応援してくれる、一緒に前を向いて戦える仲間がいる
そういう環境にいれたら、自分のやりたいことって、自ずと見えてくるのだろうな。
私がもし、高校を卒業してこの大学に入っていたら、進んだ道は変わったのかもしれないなーと感じた。
それは、現在の自分を憂うだとか、悲観的という意味ではなく、それだけ「自分を取り巻く環境」というものが大事なんだと初めて感じることができた。
それがなくても、自分の信念が強ければ、その磁場を自分で創りあげることができるかもしれないが、多くの人は中々それができないだろう。
私は、できなくてずっと迷ってばかりいる。
でも、今回のスクーリングで、自分の進む道を少し整備できた気がする。
たった10日間なのに、考え方が変わった。
3.コツコツ努力。諦めない
少しでもいいから、進める。諦めない。自分に負けない。
いっぱいやることがあって迷ったら、どれか一つだけやってみる。
「努力」の意味を初めてハラオチできた。
「習慣になればいいんだ」ってよく言うけど、考えないでやってることが、習慣になってたら、逆に「どうやって努力したらいいのか」が分からなくなっていた。
今までの自分の人生で努力してきたことって沢山あると思うんだけど、諦めてきたことの方が多かったのかもしれない。うまく言えないんだけど・・
10年以上やってた音楽はやめてしまった。だけどそれが努力とかいうと、もう小さい頃からやってたから習慣になってしまっていた。
努力が習慣になることはいいことだと思うけれど、新しく何かを始めた時になぜか続かない自分がいた。
これについては、環境と自分の考え方の関係性があり、脱線してしまうので書かないけれど。
4.一期一会
今回、一番感じたのは、ここかな。
1回めのスクーリングで、私のことを大好きになってくれた変わり者のおじちゃんがいた。
「スクーリングで100人以上の人と話をする!」と決めて色んな人に話しかけて、
おじちゃんが持っていた初代iPhoneのカメラで記念写真を撮ったら、画素数が低すぎて全部顔がぼやけていた。
おじちゃんは、「学光祭に参加したら、バスが混んで電車に間に合わないかもしれないから、参加しないで帰るわ!」と言い出して、またみんなでボケたiPhoneで記念写真を撮ってさっさと帰った。
しかしながら、学光祭が始まり、期間中の写真が映しださせれると、数枚目におじちゃんの顔がスクリーンいっぱいに映しだされた。
これには参加者もびっくりして、知ってる人は終了後に電話を掛けたもんだから電話が鳴り止まなくて大変だったらしい。
完全に参加しましたよね・・、と思って私は爆笑していた。
人がいいのに、自分の興味のない人には全く冷淡で、喧嘩もふっかけるから、なだめたり、謝ったりした。
そのくせ、オッチョコチョイで、小銭をバラバラ落としたり、なぜかコーヒーの蓋の間からコーヒーをこぼして慌てたりした。
終わった後は、ぼやけた写真を大量にプリントアウトし、なぜか自分が住んでいる地域の写真を沢山同封して、一緒に撮った人みんなに送りつけたらしい。
それを見たみんなから「初代iPhoneをカメラ代わりにするのはもうやめて、新しいカメラを買った方がいいと思う」という有難い助言が殺到したとか。
写真を送り過ぎて、めっちゃお金がかかって奥さんに怒られた、と言っていた。
世の中には、同じ日本人でも違う人種みたいな人がほんとにいるんだなーと考えていた。
そんなこんなである意味、ディープな一回目を過ごした私ですが、そのおじちゃんはその頃の私のことを照らして(励まして)くれたのだと解釈している。
とても仲良くなったが、その人はその後体調が悪くなってあまり連絡が取れなくなった。
連絡を取ると逆に気を使わせてしまうのだ。
それで、いつも健康をご祈念していた。
今年になってから、一度もメールの返事がこなくて、今回のスクーリングが決まってからは結構頻繁にメールしたけど、返信来ず。
思い切って電話してみたらなんと電源切れてた。
もう不吉な予感しかしなかった。
気になりすぎて、ロワール(食堂)に行った時は、おじちゃんが勧めてくれた食堂で一番安いカレー(300円)を食べてばかりいた。(食費も浮いた)
おじちゃんが来れない分、一緒に参加したつもりで、気持ちで毎日を過ごしていた。
学光祭も、偶然に舞台側に出ることになったが、その時も代わりに出たつもりでいた。
結局一切連絡が来ないので、少し経ったらその人の地域に訪ねて行こうかな・・位に真面目に考えていた。
スクーリングが終わって帰ってきた週末、私が家でご祈念していたら、静かにメールが入った。
そのおじちゃんだった。
なんだ!生きてたのかよ!!このやろう!!
と思って、安心してわんわん1人で泣いてしまった。
ムカついたのでメールの返信はしていないが、生きているようなのでスクーリング中の写真を送りつけようと思う。
その翌日には、偶然、通教でお世話になった先生が退職されていたことを知った。
ご病気されていたことだとかも全く知らなくて、お見かけしないから変だなとは少し考えていたけれど。
まさか、そんなことになっていようとは全く考えていなかった。
それで、また泣いてしまった。
今回のスクーリングで出会った仲間だって、次に会えるか分からない。
本当はお話したみんなの連絡先を知りたいくらいだったけど、会えればいいのか、とは思っていない。離れていても、獅子同士、自分の華を咲かせられる、地域に貢献できる自分たちであれれば、一瞬しか会えなくても仲間なのだ。
自分の師匠がそうであるように。
だから、一瞬の出会いも疎かにしてはいけないのだな、大切なんだな、と心の底から感じた。
そして今回偶然にも仲良くなって、交流出来ているメンバーも大事にしなければいけないとも。
なんだかこのスクーリングの間、泣くことが多くて体力を消耗した。
その分、沢山深い想い出ができた。
深い想い出分、努力を重ねていきたい。
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